
今のAVギャルを見慣れた世代には信じがたいことかも知れないが、カワイイAVギャルという存在それ自体が貴重であった時代があった。ほんの15年ほど前のことだ。奇麗でもなんでも無い、ただのオバサンがセーラー服を着て平気で登場していたものだ。実際、カワイイ女の子がヌードになっているだけで (たとえバストが全然なくても) それは十分にニュースだったのだ。それが打破されたのは、ビデオデッキの普及によってアダルトビデオの市場が拡大し、高額のギャラを支払うことが可能になった80年代中盤のことだ。もちろん、女の子全体のグレードが上がったことでカワイイ女の子の絶対数が増えたことも大きな要因ではある。しかし増えたとはいえそれでも、AVのできるきれいなお姉さんが希少な存在であることにはかわりなかった。
萩原舞がAV進出を果たさぬまま引退したことからも判るように、いまもむかしも、やっぱりAV出演はキツイ。性的モラルが崩壊した感のある現在でも、AVのできる女の子は多くはない。当時ならなおさらである。
ならば、なにもAVでなくとも良いのではないか。ソフトな路線でなら、きれいな女の子を揃えることができるし、未成年も買うことができる。おりしもビデオテープ自体の価格が下がり、印刷にコストのかかる写真集と競合できる価格設定が可能となっていた。こうして始まったのが、英知出版のソフトAV路線である。
十分に可愛らしい出演者はアイドル的な人気を博すことを可能とし、「脱ぎモデルをアイドル的に応援するファン」 という従来にない新たな層すら生み出した。この路線は大成功を納めた。ビデオベッピンのシリーズは30作品を超えてリリースされ、スーパーランジェリーシリーズはライブすら行った。
数千円で買える、動く写真集としてのビデオ。ビデオデッキの普及で可能となったそれは、ある意味でガマンの産物だったのだ。