
女の子を売り出す手段として、商品価値を失わない程度の (水着グラビアなどの) 露出を用いるのは、今もむかしも変わらない。かつては写真集という媒体しかなかったのだが、前項で述べたとおりそこにビデオを用いることが可能となった。もちろんプロモーションの一環というよりは (写真集がそうであったように)商業的な要請が強いのだが、ともかくソフトAVという側面を持たない文字通りの「イメージビデオ」 がここに成立した。
とはいえこの頃、正統派のアイドルは大きく勢力を減じており、ビデオを媒体としたプロモーションも大勢に影響を与えることはなかった。正統派アイドルは勢力を盛り返すことなく、ビデオをプロモーション媒体として活用する手法のみが残った。
一方、ソフトAVとしてのイメージビデオは、杉本彩などのセクシー系タレントが大挙してリリースしたため、目新しさも手伝ってひとつの全盛期を迎えていた。英知のソフトAV路線との決定的な違いは、セクシー系とはいえあくまでタレントであり、芸能界で成功するための手段としても認識されていた点である。当然露出度は制限されていたが、逆に (乳首を露出しないなどの) 露出度さえ守ればノーチェックに近かったことを利用して、様々な見せ方が考案された。
当時イメージビデオの雄であったパワースポーツコーポレーションはほとんどAVとしか見えないパッケージングを採用するなど露骨に「ヌキ系」を指向しており、ハダカもカラミも見せない、ヌキ系イメージビデオのフォーマットを確立した。パワースポーツ、オリーブ、笠倉、Beppin、スコラ。ある意味でイメージビデオ最良の時代である。
特筆すべきは、セクシー路線からメジャー展開を果たした細川ふみえなどを輩出したことであろう。タレントとしての成功の可能性を秘めたセクシービデオへの展開は、水準以上のプロポーションを持つタレント候補生にとって魅力的な媒体となり、商業的にも好調であったため多数の作品が世に出た。
バブル経済が華やかだった当時、イメージビデオの海外撮影も当たり前のように行われており、クルーザーを平気でチャーターしたりしていた。武田久美子の「フィジカル」 ではヘリコプターによる空撮まで行われた。数々の名作がゴージャスな環境で製作されていた。筆者個人的には、この頃が黄金時代である。
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